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クラシック・バレエのトライアル・レッスンを受けた。


友人の潤子さんと一緒に。バレエの先生とは、絵のクラスの関係でお知り合いになったそう。けど、私はかなり前から、まだ引っ越す前の家の近所にあった先生のバレエ教室の存在を知っていた。ちらっと情報を耳にしては、うーん、クラシック・バレエやってみたいなあ、と密かに思っていた。


日本で仕事をしていた時、派遣で来ていた方でとても仲良くして頂いた女性が、クラシック・バレエのダンサーで、しかも先生をしていた。ミニのスカートから覗く脚は、いつも筋肉でビッと引き締まっていたのを憶えている。オフィスの中を歩くときも、パソコンの前に座っているときも、何気にダンサーな振る舞いだった。姿勢が良くて、手先がエレガント、というか。一度だけ、彼女の所属するバレエ団の発表会へ出掛けたことがある。鎌倉の方だったので、すごく遠かった。そして、子供達の演技がとても可愛らしくて、中には、エっ!?と思えるようなドスコイ体型の子供もチュチュ姿で踊っていたけれど、でもそれはそれですごく愛らしくて、微笑ましい(爆笑したかったけど)光景だった。


ロンドンでもバレエを観に行った。確か「英国ロイヤルバレエ団」で、当時吉田郁さんがプリンシパルとして堂々とパンフレットを飾っていた。観た作品は「SWAN LAKE」で、素晴らしいRoyal Albert Hallの円形状の舞台を上(客席)から見下ろす形で観賞する。照明の演出によって、まさに本物の湖を観ているような感覚。とても素敵だった。日本では、母と一緒に観に行ったロシアの「ボリジョイバレエ団」の公演が印象的だった。舞台から近い席でもあったので、ダンサー達の息づかいや、走ったりジャンプ着地時の音などがよく聞こえて、興奮した。そして公演会場の周辺には、息を飲むような美男美女の群れ(たぶんロシアからのバレエ・ダンサー)がうじゃうじゃと歩いていて、それにも興奮した。


まさか今になって、自分がバレエを習う、とは夢にも思わなくて、でも何度か、かつて習い事の鬼だった母に、何故「クラシック・バレエ」という項目が抜けていたのか訊いてみた。たぶん母自身、自分が習い事好きだったこともあり(いつも、趣味から本気になって資格/免許を取るというパターン)、子供であった私達には容赦なく様々な習い事を経験させていた。絵や水泳。そしてスキーやスケートも。スケートは、習わせてくれるというのですっかり「フィギュア・スケート」だと思い込んでいたら、それは「スピード・スケート」だった。女の子だからフィギュア、という夢は粉々に砕かれ、私はモジモジくんスタイルの帽子をかぶって、アメンボのようなフォームを必死に練習していた。友達のM子ちゃんは、足首がいつもガクガクしていて、半べそだった。もしもここで、フィギュアを習っていたら、「踊る=演技をする」という点でもバレエに共通するものがあったのだろう。けど、当時はそんな芸術的な分野からはほど遠いところで、どうすれば上手くスケートのエッジを効かせて一秒でも早くタイムを上げることができるのか、ということに専念していた。ま、それはそれで楽しかったけどね。湖の記録会とか、信じられないような美しい氷の上を滑った、素敵な記憶もある。


とにかく、クラシック・バレエ。母の答えは「バレエなんて考えもしなかった」らしい。そう言えば小学校低学年の頃、仲良くしていた友人姉妹が「新体操」を習っていた。棒にテープをつけた「リボン」をクルクルと回して見せてくれた。正直、それにもちょっと憧れた。マット運動は、大の苦手のくせに。そう、私は身体が固かった。跳び箱で手首を骨折してからというもの、より一層マット運動が嫌いになった。順番でどんどんマットの上に押し出されて行く時の恐怖。クルン、と回るというよりは、ゴロリン、ドサッという感じ。開脚前転/後転とか、それをして何の意味があるのよ!と憤慨の気持ちだった。今思うと、それらは単に、勢いとタイミング(とバランス)の問題だなあ、と思う。嫌い、とか出来ない、という気持ちが勢いを失速させるので、いくら手首で支えたりしても、無理。今ならすごく解る。(だからって、今ならマット運動完璧、というわけじゃないよ)


その後、高校時代になって「ダンス部」たるものに所属して、なんちゃってチア・ガールになったりもした。この時代でも私の身体は、まだまだ鋼鉄のように固くて、柳のようにしなやかな肉体を持つ先輩方が羨ましかった。本気で毎日「お酢」を飲んでみたくらいだ。特に目立って上手い先輩は、クラシック・バレエの基礎がきちんと身体に染み付いていた。当時の私は「ダンスはやはりリズム感が命よ!」と勝手に思い込んで、細かい部分でのダンスの基本には反発していたと思う。結局、先生の強制するダンスは、自分の求めているものと違うという結論に達し、1年も続かなかった。その後はもっぱらダンスは、ジムのクラスでだった。リズム感が抜群で、センスの良いステップを教えてくれるインストラクターが、とても格好良く思えた。結論→何事も習い事は、教えてくれる人への尊敬の念が無いと、続かない。


なんだか、とりとめの無い話へと展開してしまった。結局、私とバレエの歴史について述べてみたかっただけ。で、肝心のバレエのトライアル・レッスンはどうだったのか?というと...死にました。思った以上にハードで。例え初級クラスであっても、初心者とは違うのよ~、と心底思った。鏡の前でバーに手を添えながら基本のポーズをとる私の姿、無惨...。少人数制なので、ごまかしが効かない、というか。姿勢から動き方まで、普段とは全く異なる筋肉(と骨)を使うので、それも一苦労。でも!今までずっと観る側だった、想像の世界だったクラシック・バレエというものに、生まれて初めて本気(?)で取り組んだという、気持ちが嬉しかった。素敵な経験だったし。ポーズをとる先生の姿を眺めるだけでも、目の保養になった。うっとり。


週1度のレッスン。今後どうなるんだろう?ちょっと続けてみようかな、という誘惑にかられている。



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Comment


Ballet いい響きですね~。私自身は全くやる気すらおこらないのだけど、昔、いつか女の子がもてたらバレエやらせたいな~なんてちょっと夢見がちなこともひそかに思っていました。
チュチュって本当にかわい~よね。姉の娘も1年ごしのお願いがかなって先月からバレエのレッスンをはじめました。週1のレッスンを心待ちにしてるそう。かりんは…どうかな?幼稚園で新体操の教室があるのでそっちにしようかな?などと思案中。
to rosewood
この歳になってバレエ、っていうのも小っ恥ずかしいのだけど...。長年の夢、というか好奇心?をかなえてみました。と言っても、私自身は舞台に立ってチュチュなどを着て踊るなどという、厚かましい願望はこれっぽっちも無いの!これ、本当。ただ...バーレッスンをしてみたかったのさ!!!

日本だと、幼少の頃からバレエを習うのって、色々と大変だとかいう話を聞くけれど、実際はどうなの?ピアノみたいに、どこどこ門下だとかややこしいものがついてまわるのかしら?バレエはお金がかかる習い事としても有名だけど、私の妹が声楽の関係で少し日本舞踊にも手を出したんだけど、定期的なレッスン代や着物代もそうだけど、なにしろ「発表会」にかかる費用に度肝を抜かれてしまった。けれど、やっぱり自分の子供が、自分から進んで何かに興味を持ったり、夢中になってくれることは、親としても嬉しいよね。そういう好きな事を生むきっかけを作ってあげるのも、実は大切な事なのかも。

けどさ、(職業としての)ダンサーって、バレエに限らずフラメンコでもタンゴでも、そしてフラダンスや日本舞踊でも、皆それぞれに美しいよね。一流となると、まさに、神々しい美しさだと思う。バレエでも子供の頃に観たマイヤ・プリセツカヤなんかは、衝撃的だったのを憶えてる。あまりにも人間離れした奇麗さで。どうなってるの、その肉体!!?という感じ。そして佇まいにもオーラがあって、とてもエレガントなのよね。

でもその代償として、きっと様々なものを犠牲にしているだろうし、普段は地味で過酷な練習の積み重ねなんだよね。ま、私にはそんな器量も根性も無いので(実際に先生にも、「『マタニティ・クラス』ってもっと楽なんですか?」と訊いたくらいですので。まだマタニティじゃないくせに...)、とりあえず週1のペースで楽しみます!

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