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日本に帰ると、まず空気の乾いた感じに気付く。サラッと肌をなでるような空気の感覚が新鮮。爽やかで嬉しくなる。でも、数日後には肌のカサカサ感が気になってくる。ただ、髪の毛は妙にサラサラになる。水の違いかな…。


季節の移り変わり目に見る微妙な空気の揺れ、が懐かしい。自宅から近い沼の近くを、夕暮れ時にはよく散歩した。夜風がぬるく、空が柔らかくこちら側に沿っているように感じる日もあれば、パリッとした空気に背筋を伸ばし、果てしなく遠くに感じる空をただ見詰めた日もあった。一度、沼の向こう岸に見える大きな月を見て、シンガポールにはこんな月が無いと思った。音も無くただ夜空にひっそりと張り付いている美しい満月。完璧すぎて怖くなる。月の光りで幻想的に見える沼の水面。月に背を向けて歩くと、まるで後ろにどんどん迫ってくるようで焦った。


先日、シンガポールでも大きな月を見た。周囲が明るいので、いまいちその存在感が薄い。でも、キラキラ光る高層ビルとの間に見える月は、まんまるで、日本で見たあの月によく似ていた。ただ、色はどちらかと言えば金色に近く、日本で見た青白い狂気に似た美しさには程遠い優しい光。どれだけ見ていても不安な気持ちに駆られることはなかった。


月-にはとても不思議な魅力があると思う。昔から、あまり月の光にあたりすぎると気が狂う…といわれているように、何故かこう自分の生理的な感覚に強く訴える独特な力が存在している。学生の頃、夜中に外に出てふと見上げえた夜空に見える月たち。ある時はあまりにも薄くて頼りない。半分透き通っている。「貧血の月」と名付けた。そして私の意思や感情もそれに重なるように、頼りなくゆらゆらと揺らいだ。色っぽい月、もある。濃くて艶々でたっぷりとした質感。そして輪郭もくっきり。発散する光は地上まで柔らかく届いて、非常識な事を仕出かすにはもってこいの演出。気持ちも少しだけ背伸びできる。


星が良く見える土地に住みたい、という人は沢山いると思う。夜空に瞬く星はとてもロマンティックで、健全なムードが漂う。キャンプ・ファイヤーに星空は欠かせない。流れ星なんかサラッと空を走り抜けたら、もう最高、だろう。でも、私は曇り空の隙間にちらっと見える月の光を眺める方が好みだ。幾層にも重なった雲のグラデーションの間に浮かぶ月の美しさは、例えようも無い。なんかこう控えめな迫力みたいなものがある。不健全で淫靡なイメージにも良く似合う、というか。


私好みのアートだ。



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シンガポールには四季が存在しない。


雨期と乾期という区切りがあって、雨期は当然頻繁に雨が降るし、乾期は非常に暑い。シンガポールに10年近く住んでいた父の友人に「シンガポールは雷が面白い」と言われた。晴れていた空が少しどんよりしたと思ったら、稲妻が空を走り、雷が轟き、そしてシャワーが地表を揺らす。跳ね返す雨の力が強いので、街全体に靄がかかる。そして巨大な雨粒。それがバンバン降って来るダイナミックな眺め。外出時や移動する際のシャワーは厄介で、タクシーもパッタリとつかまらなくなる。けれど、そんな豪快な雨を見ていると、自然ってすごいなあと単純に感心してしまう。それくらい迫力がある。


稲妻のバリバリバリッという裂けるような音は、慣れるまで少し怖かった。空がピカピカ光り始めると、あっという間にゴロゴロ音が響いてくる。その後地面まで届くようなドドーンッという音が追いかけてくるんだけれど、高層のコンドミニアムに住んでいる人が、そのドドーンッで建物が揺れたと騒いでいた。地震の無い国シンガポールは、かなり不安な構造の高層住居や建物も結構多い。揺れるなんて…怖すぎる。


四季が無い国に住むということに、最初はそれほど気にもかけなかった。日差しが刺すような暑さは苦手。すごく疲れるのだ。けれど、スチームなどで蒸されるようなジワジワとした暑さには割りと強い方かもしれない。サウナも昔から好きだったし。ただ、四季が無い分時間の感覚がおかしくなるような気がする。私は基本的に記憶の大部分は恋愛や人との出会い、別れが中心に印されていくものだと思っているが、その中でも気候や体感する季節感などは、結構重要な役割を持っているのではと感じる。公園の滑り台の下で、雨宿りをしながら恋する人を待つ時の記憶。そこにはやはり甘い香りのする春雨が強烈に存在している。恋に悩み、脱力感と共に空を見上げた時の、その空の透明なことといったら!冬空特有の遠い空に自分の濁った気持ちを濾過してもらいたかった。


さほど変化のない気候の流れの中、時間は確実に過ぎていく。歳を重ねることにそのスピードも加速していくような気もする。今後さらに増えていく記憶の片隅には、きっと自分で感じ取れる分だけの微妙な季節感が、そこに刻まれていくのかもしれない。繰り返される雨も雷も、夕日も朝焼けも、毎回絶対に同じではないのだから。今はただこの国の緑に秘められている生命力の力強さ、を堪能したい気分。あのダイナミックな雨や雷が育んでいるこの緑。ひと濡れしたら、すぐにぐにゅぐにゅと音を立てて伸びていくのが見えるような気がする。


この小さな国の、大きな神秘。



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