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Cameron highlandsは、高原野菜や果物栽培でも有名らしい。
あちこちに露店やちょっとしたマーケットがある。
イチゴ狩りなども気軽にできる。
私達はもぎたてのコーンを食べた。甘くて美味。

途中、車の窓が開いたまま閉まらなくなるアクシデント発生。
雨が降ったら厄介なので、街で直してもらうことに。
ガソリン・スタンドで、見た目がまったく同じ型のメルセデス・タクシーを発見。
ヒューズの位置などについて訊ねたら、その車は窓もマニュアルだった。
見渡せば、この一帯を走っている車は、恐ろしく年代物。
観光客は車を見ればすぐにわかるほど。
ちょっと時代が飛ぶような感覚。
でも、車はきちんと使えて、生活に支障はないのだから、
車も基本的な部分を大切にしていけば、長生きするんだし、
ある意味リサイクルよね、
と、故障したレトロな車に乗りながら思った。

無事、車は完治。
夜は街で評判の、
美味しいスチームボート(中華風寄せ鍋です)の店に繰り出す。
高原で採れたオーガニック野菜が評判の店。

でもそこでは何故か、
シーフードがじゃんじゃか出て来て、
こんな山奥にいったい何故シーフード?と思った。
でも最後の方のスープは絶妙な味になり、満足。
もう葉っぱは十分~、というくらい野菜を食べた。



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旅行の最終日は、Maleka(Malacca)に寄る。
滞在した高原地帯から、
どんどん下ってシンガポールまでは片道軽く8時間はかかる。
それを計算して順調に飛ばしても、
Malekaで過ごせる時間は1時間半ほど。

なにしろ地図も無く、
勘で方向を決めているといういい加減さなので、
無事に中心部に到着した時には、驚いた。
この歴史的のある古都の最初の印象は、
とにかく暑い!の一言だった。

涼しい気候が一転して、焼けるような日差し。
その中を、川に沿って散策した。
かつて東西貿易の拠点になったこの都市は、
やはりオランダやポルトガルなど西洋の影響を受けた建物もちらほら。
独特なエキゾチックさをかもし出していた。
宣教師ザビエルは、この地の後に日本へ不況へ来たのですね。
観光客にも人気なMaleka、このカラフルな造花付けまくりの
トライショー(?)が物語っています。

ふらりと入ったアンティーク・ショップで、
さっそく両親がギラギラと獲物を物色していた。
でも思ったよりもいい値段だったので、
結局ラブリーなティー・ポットを1つだけ購入。
中にお花を生けても可愛い。

他にも色んな興味深い店が並んでいて、
時間があればずーっと過ごしていたい気持ちでいっぱい。
きっと両親も同じ気持ちだったはず。

次回はもっと下調べを念入りにしてから、
再度日帰り旅行などを計画できればいいな。

ボーダーを越えて帰って来たシンガポールは、
整備された学校のよう。
ピカピカに磨き上げられた車ばかりが目についた。

自宅では、黒いの2匹がお出迎え。
梅さんの遠吠えを聞いて、思わず笑顔。
両親には、長旅で疲れているのに、また動物王国で
もみくちゃにされることしばし。
気の毒な気持ち...。

ということで、
この2泊3日は、色々と盛り沢山で忘れられない素晴らしい旅行になった。
大切な宝物。

どうもありがとう!


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BOHティーという、このCameron Highlandsで栽培される紅茶の大農園を見学。
見渡す限りお茶畑、というのはこういう風景のことを言うんですね。
全てがお茶の木で覆われている山という山。

Cameron Highlandsは、紅茶栽培には理想的な環境らしい。
膨大な降雨量をはじめとして、水はけの良い土壌や、昼夜の温度差など。
このBOHティーも、マレーシアを代表する紅茶として
世界に輸出されている。



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摘んだ茶葉を運ぶトラック。
お茶を摘む作業は、専用の機械が使用されていた。
でも昔は大量の労働者を雇い、
まさにここで典型的なplantationを作り上げていたのであろう。
この広大な茶畑で、人がお茶の葉を一枚一枚摘んでいくなんて、
ちょっと想像を絶する。



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この日の空は快晴で、
空のライトブルーに茶畑のグリーンが鮮やかに映えた。
この茶畑を眺めながら、皆で紅茶を頂く。
サラッとした風が、頬を撫でた。



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今でも労働者として、そこに定住している人達の住む家が点在していた。
両親はその家の造りがあまりにも大ざっぱだったりする、
そういう面から彼らの生活を想像して、
言葉を失った。

でも私達は、家の色合いがカラフルで、
なんかキュートだよね、と言い合った。









泊まった所は「The Smokehouse Hotel」という、
1939年創業のホテル。
ホテルといっても全室13室しがなく、オーナーが変わる度に
少しずつ部屋を足していったらしい。
建築スタイルは、イギリスのチューダー様式。
しかも戦時中には、このホテルを日本軍が占領したという事実を知って、
驚いた。こんな標高1500mにまで!

部屋は全てデザインが異なり、もちろん置いてある家具類も違う。
イギリス風を意識してなのか、かなり雰囲気は似てるけど、
でもその素材はどうだろう?というモノが沢山飾ってあった。

ただ、天井の高いバスルームで、
バスタブにゆっくりとつかれるのは気持ちが良かった。
朝、早起きして本を読みながら長風呂する幸せ...。

朝食はサンルームで。
その後ホテルの周りを散策する。
手入れの行き届いた、素敵なガーデン。
母は、たまたまガーデナーの人が働いている時に庭に居て、
その人が連れているダルメシアンの子犬と遭遇したらしい。
コロンコロンで死ぬ程可愛かったと10回くらい自慢された。
羨ましい~!



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お庭には、高原特有の気候なのか、
色んな種類の花々が咲き乱れていた。
「日本の花屋さんで見かける全ての種類の植物がこの庭にある。」
と、母も言っていた。

バラも奇麗だったけど、
私が特に嬉しかったのは、
大好きな花、カラーリリー。
実際に自然な形で咲いているカラーを見たのは
初めてでした。
その後、その辺の道ばたに無造作に咲いているのを発見。
なんて、贅沢な!





年末に日本から両親が訪ねて来た。
来たそうそうに車でマレーシアへ旅行に繰り出すことに。

旅行の当日、
早朝にはビーチへ2匹の犬を連れて行き、両親も見学。
なんとなく、あまりビーチに馴染んでない日本人たち、の図であった。

我が家を10時過ぎに出発。
ドッグシッターさんにはそのタイミングに来てもらった。
慌ただしく準備をする私の様子を、遠くから梅さんは淋し気に見つめ、
そしてRIOはシッターさんに夢中で、見向きもせず。

30年前のメルセデスは、旅行前に再点検をしたとはいえ、ちょっと不安。
スピードを出せば出す程、エンジン音で車内はうるさいのですが、
でも乗り心地はまあまあ。
古いなりに空間もあって、身体を伸ばせるのです。







ボーダーを超えて、いざマレーシアへ。
辺りの風景が一気にゴムの木だらけになっていくのが面白い。
ハイウェイから見える景色は、本当にそれだけ。
辺り一面のゴムの木畑。

途中のサービス・エリアでお腹を満たす。
ローカルなマレー料理に舌鼓。
両親は2人ともマレー料理をいたく気に入ったらしい。
その後、ビニールの袋に入れられたテイクアウトのティー/コーヒーを見て
びっくり、爆笑の2人。ほのぼの~。

大都会KL(クアラルンプール)を抜けて、
ここから山(Cameron Highlands)へと向かいます。
高度が上がるに従って、植物の種類にも変化があらわれる。
「あまり道が良くないよ」「崖崩れとかあるかも」など、
散々脅された割には、かなり道の状態は良かった。

車中から見える景色。霧がかった谷間。まるで水墨画のよう。



cameron1.jpg



道の脇には、こんな家がちらほら見える。
ちょっとした集落なのか、沢山の子供、犬、そしてニワトリが見えた。
との家にも、このパターン。
子供、犬、そしてニワトリ。

犬たちは自由にその辺を行ったり来たり。
皆、どこかで血がつながってるような見た目の犬たち。
ついつい、目で追ってしまう。

途中から日も暮れ始め、
しかも雨がしとしと降り出した。

目指すホテルまでどれくらい?
さすがに日が落ちると辺りは真っ暗で、
地図通りに向かっても一向に辿り着く気配がない。

どしゃぶりに近くなってきて、
だんだん心細くなってくるし、
寒いし、
さすがに皆しーんとなる。

仕方がないので、交番に寄ることにする。
そしたら、そこから目と鼻の先だった...。
気を取り直して、ホテルで伝統的(?)なイギリス料理を食べ、
ワインを飲み、
天蓋のついたお姫様ベットで就寝。

明日晴れることを願いながら。






愛知博を後にした後、名古屋のホテルに向かった。


先日名古屋に到着した際に、ホテルを確認したのにもかかわらず、また迷う。先日地図を広げて、ああでもないこうでもないと、地図をくるくる回して騒いでいたら(特に母が)、通りがかりの好青年が「どこに行かれるのですか?」と爽やかに訊ねてくれた。「○○ホテルなんです。」と答えると、ササッと背広の内ポケットからコンパクトな地図の本を取り出し、さらさら教えてくれた。そしてその地図には沢山の付箋がついていた。それがあまりにもスマートで丁寧なので、名古屋の男性をちょっと見直したくらいだ。ま、彼が名古屋人とは限らないが。不動産屋さんだったのかなあ。


とにかく、その夜も同じ感じで地図を取り出して、またガーガーと騒いでいたら、今度は居酒屋から出てきたおじさんが「どこ探してるの~?」と訊いてきた。もうすっかり出来上がっている様子。母がホテルの名前を言ったもんだから、それからが大変。自分が次に行く予定の飲み屋がそのホテルの近くなので、案内してくれるというのだ。しかもその飲み屋というのは外国人ホステスの居るbarらしく、「いやー、これから英会話の練習なの!」(この『なの!』の部分がやけに大声)「もうこれだけは完璧よ、英語で。Nice to meet you, Where are you from? and How much?、がはははは。」しーん。これって、すごいセクハラだと思うんだけど。私の考え過ぎ?しかもそれから自分の愛犬の話などに飛び、最後にはそこに飲みに行かないかとまで。そのおじさんは、きっと素面だとただの愛嬌のある普通の人なんだろうなあ、と仕方なく同情して、別れを告げた。コンビニでおにぎりを買う。母はビールとおつまみを買っていて、そのチョイスがほんの一瞬そのおじさんを記憶に呼び戻させた。


日本のコンビニに売ってるおにぎりって、最高!と思いながらくつろぐ。LOZも、そして私の友人であるほとんどの外国人が虜になっている、コンビニのおにぎり。先日も今年初めて日本を旅行したというフランス人の知人とコンビニのおにぎりの話で盛り上がった。そりゃ、握りたてのホカホカおにぎりには敵わないけど、でも、種類も質も世界に誇れる名品だと思うよ、私は。帰国する度に、新種類を発見するのが密かな喜び。


あっという間に朝。遮光カーテンって、なんでこう素晴らしく暗闇。思いっきりチェックアウト30分前に目覚めてしまった。急いで朝食を食べに行く。名古屋はモーニング・サービスが有名だと聞いたので、ここのホテルの朝食もちょっと期待していた。が、それほどでもなかった。バイキング形式のごく普通の朝食。それなら近くの喫茶店で、地元の人のようにモーニング・サービスに挑戦すれば良かった、と2人で後悔する。そしてチェックアウト。


向かった先は、犬山市。前々から「徳川美術館」が候補に上がっていたが、「犬山城」の評判が良くMも推薦してくれたので、そっちにした。母は娘時代に一度訪れたらしいが、もうあまり記憶にないということ。名鉄名古屋駅から名鉄犬山線に乗って40分。1両目の前方ガラスがぐーんと開けていて眺めも良く、なかな雰囲気の良い電車だった。途中LOZから携帯に電話が入り、RIOとのラブラブ生活を語ってくれた。基本的に午前中は家で仕事をして、午後からミーティングを入れたりオフィスに行くというサイクルにしているらしい。「シングル・マザーの気持ちがわかるよ~。」としみじみ言っていた。大切な電話会議中でも、ふと振り返ればクッションを獲物にしているRIOの姿が見えて、おちおち集中できなかったり、姿が見えないのでフロント・ガーデンを見ると、立ち上がって柵越しに隣の家の犬に誘惑されていたり(隣の家には可愛いキャバリアの女の子が居る)、などなど。私が大切に育てていて、大きな鉢に植え替えたばかりの植物も、ぜーんぶ引っこ抜かれたらしい...。とほほ。でも世話がかかる分、一緒に居れば居るだけ理解も愛情も深くなり、さらにママくさいLOZ。でもママくさい割には、あまり掃除をしていないらしい。「家に戻った時、怒んないでね。」と念を押されているうちに犬山市に到着。


駅から木曽川に沿って、広くて静かな歩道を歩く。木曽川では「うかい」が有名で、その起源は今より1,300年前にさかのぼるらしい。その日はライン川下りをする船をちらほら見かけた。ちなみにMは先日犬山市からの招待でドイツ館のスタッフらと、「うかい」を見学したみたい。鵜にMが近くに寄っていて、こわばっているのか喜んでいるのか、微妙な笑顔の写真を見せてもらった。鵜は黒光りしたかなり大きい鳥なのだった。遊歩道を進み、高台にお城が見えてくる。小振りで上品な佇まいは、話に聞いてた通り。素晴らしく美しかった。ニワトリが放し飼いされている神社の、境内の脇にある階段を上がって行くと、お城の門に辿り着く。


ここで、「犬山城」の沿革をすこし(パンフレット参照)。「犬山城」は別名「白帝城」とも呼ばれ、1935年より国宝に指定されている。日本で国宝に指定されているのは全部で4城(犬山城、彦根城、姫路城、松本城)。その中でも最古のお城らしい。作ったのは織田信長の叔父(織田与次郎信康)で、歴代城主であったのは成瀬一族。その後一時は廃城になったり震災や台風などの天災などでダメージを受けつつも、修復・解体修理を繰り返して今現在に至っている...。構造形式は「望楼式」という中世のものらしいが、それを彷彿させる「武者隠」や「武者走り」、そして「石落としの間」がある。階段がとてもつもなく急な角度で、殆どハシゴ状態。まあお城なので、敵に簡単に侵入されては困るという造りなのだろうが、今のお年寄りにはとてもシビアな構造だと思う、正直言って。私がまずこのお城でとても気に入ったのは、4階まで登るとそこには四方に、約半間くらいの大きさの回廊/広間があり、休憩には最高だというところ。小さな窓からは絶景が見える。もちろん天守閣まで行くとさらに外に少しだけ張り出した部分をつたって、どきどきしながらも(けっこうボロいので)素晴らしい景色を堪能できる。ただ、その素敵な広間では、床に座って古い木材の懐かしい香りとひんやりする感触を味わえる。思わず母と「九州の家の匂いだね~。」と顔を見合わせた。のんびりだらだらと話をして過ごし、いつまでもそこに居たい気持ちにさえなった。このひとときだけで、犬山市まで足を伸ばしたかいがあったと言ってもいいくらい。


その後は城下町の古い街並を散策してみる。平日だったので全体的に静かだったけど、途中、何軒か骨董屋さんに立ち寄った。ある店は奥から浴衣をさらっと着こなしたとても奇麗な女性が出て来た。いつも着物で商売をしてるのかしら、と思ったけど、もしそうだとしたら格好良い!!その店は骨董屋にありがちな古めかしくてごちゃごちゃした雰囲気とは正反対で、どちらかと言えばブティックのような感じ。品数はあまり多くなくて、江戸から明治時代にかけての浮世絵など、版画類が多かった。彼女の趣味なのかな?旦那さんが店主のようだったけど、こんな感じで夫婦共に、城下町で素敵なアンティークに囲まれて暮らすなんて、なんて粋!!彼女の佇まいや説明の仕方などからも、生き方にプライドを持っているんだろうなあという感触を受けた。その他、古い民家を改築した雑貨屋さんに入ると、おばさんがその民家についての説明をしてくれて、ついでにということで奥にある昔の台所や、様々な道具、そして苔で覆われてキラキラ光る可愛いミニ日本庭園などを見せてくれた。2階も見学していって下さい、と言って頂いたので2人で遠慮なく階段を上がってみた。そこは懐かしい感じがする、居心地の良いサイズの日本間で、昔はこういう場所で物を丁寧に使って暮らしてたんだなあと思った。一瞬、感覚がタイム・スリップ。おばさんによると、昔はこの通りが唯一の大通りだったので、人通りも激しくて交易も栄えてたらしい。呉服屋さんも軒を連ねていて、華やかな時代もあったということ。今はその道を行き交うのも観光客がほとんど。けど、少しづつ地元でも、若い人が中心となって活気を取り戻しつつあるらしいので、今後が楽しみだ。やはり子供や若者のエネルギーって、地域の活性化には欠かせない要因のひとつではなかろうか。大人たちが、彼らが誇りにできるような暮らし方の見本をすっと示してあげれば、きっと自然と地元に愛着を持つはずだと私は思う。そして何か少しでも地元を復興させる力になりたいと思うはず...。実は私には地元、がない。というか正確に言えば、地元、という感覚を強く持ったことがない。小さな頃から転勤族で色んな地域を移動してきた。確かに大変な事も多かったが、逆にその事が私のidentityを作り上げる大切な要素になっていると信じてるし、あらゆる意味で感謝の気持ちも強い。なぜなら、それに付随する沢山の貴重な経験は、私の身体や心の一部となっているから。あえて出身は?と言うのならば、15歳から住んでいる柏市だろうけど、そこにも「幼なじみ」と言える友人は居ないし、地元、という感覚もあまりない。今回犬山市の城下町を訪れて、もし自分がこういう地域で生まれたとして、そこで育ち、そこでの地域社会に溶け込んでいたとしたら、どんな風だっただろうと想像してしまった。きっと「幼なじみ」も何人かは存在していて、「青年団」とかにも付属して、夏祭りにはおみこしを担いでたのかな、とか。そう言えば、九州の田舎に帰省した時も、たまにこんな想像をしてたなあ。


母と一緒にずいぶんと歩いて、途中のホテルで軽食をとる。犬山名物は?と思ったけど、実はあまり無いらしい。そのホテルのお庭にはとても非現実的な教会が建っていて、そこだけが妙に浮いていた。さらにそのホテルの敷地内には、国宝茶室である「如庵」がある。大茶匠である「織田有楽斎」が建てた、国宝茶席三名席のひとつであるという。私は茶道を嗜まないので全くもって知らなかったが、お茶を習っていた母はもちろん知っていたし、是非この茶室を訪れてみたいとのことだった。「有楽苑」を名付けられたこの場所には、いくつもの茶室が存在し、四季折々の日本庭園を楽しめるようだ。その中でも「水琴窟」と呼ばれる鉢の中に造られた粋な仕掛けが妙に面白くて、その繊細な音(水滴が垂れる度に微かな音色が聞こえる)を楽しんだ。後はお月見をするための台やさりげない竹林など、日本人が自然と融合して作り出した美意識の奥深さを感じた。「如庵」自体は、本当に狭くて小さな茶室で、中に入る事もできなかった。お茶に詳しい人なら、この茶室を見て何か特別な違いや雰囲気を感じるのかもしれないが、私にはさっぱり...。


犬山市を後にして、急行に乗り名古屋へ。荷物を預けたロッカーの位置がわからなくなり、駅をさまよって、結局1時間ほどロスしてしまった。急行に乗った意味なし!その位置がすんごく穴場的なところだったので(だから見つけ易いだろうと思った私もバカ)、方向音痴の私達としては2重に地獄のロッカー探しであった。すぐに新幹線に乗る。東京へ着いて、まっすぐ家路へ。東京はやや少し肌寒い気がした。今日こそは名古屋で是非美味しい食べ物を!!!という情熱も、結局近所のデニーズで散ってしまったが、なによりも、美味で濃厚な思い出を堪能できた。それだけで、十分に満足、満足。


最後に。この旅をひと味もふた味も美味しくなるようなスパイスを利かせてくれた、母とMには、心から感謝したい。


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