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「Marley & Me」/ John Grogan著を読んだ。


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本の表紙には、華々しく「#1 NEW YORK TIMES BESTSELLER」とあり、
同時に「life and love with the world's worst dog」などと、
買い物心をくすぐる文句たち。

でも実際にこの本は友人の本で、私は買わなかった。
けど読み始めると止まらなくなり、それはそれは面白い。
気がついたら、最後に号泣。
久しぶりに本を読んで泣きました。

新聞のコラムリストでもある著者が出会った運命の犬、Marley。
Labrador retrieverの彼は、子犬の頃から飼い主の想像を絶する勢いで、
色んな事を仕出かしてくれます。
悪戯好きでやんちゃで、なんでも口に入れては破壊し、
トレーニングは落第生で、おまけに雷が大嫌い。
それはそれは大変な問題児です。

けれど、そのMarleyと家族が築いていく深い信頼関係と愛情の形。
妊娠から出産。さらに子供が増え、育ち、その時間の経過の中で、
生活に笑顔と潤いを与えてくれた、1匹の犬の生き方。

読みながら、時折犬の毛に顔を埋めてその温もりを感じたくなるし、
思わず自分自身の犬生活を思い返し、胸が締めつけられる程感謝したくなります。

まだ日本語に翻訳はされていないみたいですが、
是非英語でもオススメの作品。
自分のバカ犬、もしくは巷で見かけるダメダメわんちゃんを、
温かい目で見守れるようになること間違い無し!です。


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最近気になる人。リリー・フランキーさん。
彼のコラムが面白い。

最近は彼の新刊、「東京タワー、オカンとボクと、時々オトン」(扶桑社)が巷で話題になっているが、まだ読んでいない。というか、あまり彼の著書を読んだ事が無いというのが正直なところ。以前は、たまにTVや雑誌などで見かける程度で、特に気にかける事もなく、なんかとっても変わった雰囲気の人だなあ、と思っていた。その、誰に愛想を振りまくという感じでもなく、普通に佇んで、時々面白い事を呟く感じが。そして妙に色気があるのだ。

彼のHPでのコラムは、彼らしく、更新率も低くそうだが、とにかく毎回内容が充実しているからよしとする。そして、思わずげらげらと声を出して笑ってしまう。文のリズムというか、表現力というか、選ぶ言葉のセンスの良さが際立つ。クールでスタイリッシュ。変さ加減も、もちろん素敵。ぷらす、挿絵がまた可愛すぎる!

いっぺんでファンになってしまった。もっと知りたい、リリーのことを!という気持ち。ああいう大人しい感じの人からほとばしる、熱いロック魂。目が離せません。たとえ、きわどいエロ話満載でも...この人には敵わないなあ、と思わせる色気。最高。

ということで、http://www.lilyfranky.com/top/
シナモン日記、要チェック。



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イングリット・フジ子・ヘミングさんの本を読んだ。







本のタイトルは「天使への扉」。Chapterごとにテーマがあって、それについて短いエッセーが書いてある。フジ子・ヘミングさんの事を知ったのは、1999年に大反響を巻き起こしたNHKのドキュメンタリー番組。当時その番組を見た時は、かなり衝撃的だった。何が衝撃的だったか、というと、彼女の壮絶な歴史もそうだが、とにかく見た目だった。ファッションも住む環境もインテリアも、そういった彼女を取り巻く全てが、まるでそこだけが異次元のように独特な雰囲気なのだ。ドキュメンタリーの内容はうっすらとしか記憶には無いけれど、彼女がゾロッとした服をまとって、一緒に暮らしている猫達を可愛がっている姿だけは、強烈に憶えている。


彼女のhistoryを少しだけ紹介すると(以下、光文社「天使の扉」から抜粋)、彼女の本名はIngrid Fujiko v.Gorgii-Hemming。スウェーデン人の父と日本人の母のもと、ドイツで生まれる。東京音楽学校(現東京芸術大学)を卒業後、ベルリン国立音楽学校に留学。長年にわたりヨーロッパで演奏家としての経験を積み、バースタインなどの一流の音楽家たちにその才能を認められるが、不運にも聴力を失ってしまう。聴力が少し回復してから、困難に耐えながらも欧州各地で地道なコンサート活動を続ける.......以下省略。


子供の頃から、どこの国でもいじめにあったらしい。結局日本からも国籍どころか永住権ももらえない「難民」扱いを受け、「どっこの国も嫌いだし、どこの国も好きだし、どこの国にも属していない。ずっと私は天国に属している」と言うフジ子・ヘミングさん。色んな国で経済的に苦労しながらも、捨て猫を助けることを止めず、敬虔なクリスチャンとして常に協会やユニセフ、動物愛護団体などへの寄付を怠らない。聖書には「自分のお金は自分の財布に貯めないで、天国に貯金しなさい」という言葉があるそうだ。実際に自分への贈り物に対しても、是非そのお金を寄付に使って欲しいと語る。一瞬、オノ・ヨーコを思い出した。彼女も夫であるジョン・レノンが射殺されたときに、ファンに対して「献花のお金をチャリティ基金へ献金して欲しい」と訴えた。オノ・ヨーコさんに関しては、スキャンダルを含めて伝記などにも色々と書かれているけれど、でも私は昔からとても興味を持っている。日本人として世界に誇れる女性の1人だとも思う。2人に共通している点をあえてあげれば、なんだろう。自分の生き方や美意識を断固として貫いているところや、何かこう俗世を超越した雰囲気というか、そういうところ。


そして、バーンスタインやカラヤン、ブルーノ・マデルナといった天才音楽家達との交流の数々。特にバーンスタインは大のお気に入りで、彼女曰く「水も滴るいい男」らしい。バーンスタインもカラヤンもとてもハンサムなので、音楽を聴きながらCDの写真を見入ってしまうことも多い。私は個人的に小澤征爾さんなんか、すごく魅力的に感じるし、特にタクトを振っている時なんか最高にセクシーだと思う。会社勤めの時、同僚に好みの男性のタイプは?と訊かれて「小澤征爾さん」と答えたら、しーんとされた。その後、どうやら私はおやじが好みらしいという風に解釈されてたみたいだけど、わかってないなあ、あのセクシーさは普通じゃないよ。奇遇にも小澤さん宅の近所に住んでるという同僚もいて、彼女曰く、普段は「ママチャリ乗ってる小汚い普通のおじさん」らしい。わかってないなあ...もう。


話がそれてしまった。何かで読んだが、カラヤンはこの世のものとは思えないほど良い香りがしたらしい。しかも「干し草の匂い」らしい。うーん。とにかく、フジ子さんはそんな天才達に実際に会って、バーンスタインからはいきなり 唇にキス!!!恋愛観もかなり飛んでる感じで、私はすごく好感が持てた。飛んでる、といっても彼女独特の感性があって、決して安っぽくないので、どの恋愛でもきっと良い経験をしてきているんだなあというのがわかる。そして彼女が奏でる名曲の背景には、そんな恋愛経験が密かに存在しているらしい。


その他、日本という国に対して思うことや、海外生活で感じたこと、自分の家族や動物達への愛について。そしてショパンやリストを弾くときの姿勢や演奏家としての心がけ...など、1人のピアニストの生き方から、様々な事を教えられた。また、この本の挿絵となっている彼女のイラストも、とびきり魅力的!


ちなみに、私の妹はかつてコンサート・ホールなどでパート・タイムの仕事をしていたが、フジ子・ヘミングさんは、スタッフがとても気を使う演奏家の1人だったらしい。邪魔な音には神経過敏だし、非常に気分屋でもあって、その時のノリ(?)で演奏もガラッと変わるらしい。でも、これもフジ子さんらしい、エピソードなのかもしれない。この本を読んだら、ますますそう思った。


是非いつまでもお元気で、そのチャーミングな人間性で、美しい曲を奏で続けて欲しいと思う。







日本で買ってシンガポールに持ってきた本をこのところずっと読んでいる。暇を見つけて色んな本屋に立ち寄っては、心惹かれたものを選択。そして今、読む本を選ぶ瞬間に至っては、まるで箱の中から丁寧に作られたチョコレートを1つずつ吟味する時のような幸せ!


その中でお薦めの本を紹介。

よしもとばなな/パトリス・ジュリアン著
「News from Paradise-プライベートフォト&エッセイ-」


banana(blog)




2人の文通形式でつながっていくんだけど、その文通の中身が濃くて面白いんだよね。今、日本と日本人に足りてないもの、失いつつあるもの、そして人間として気付いてないものをパトリスさんは外国人の視点から、そしてばななさんは作家というよりも母親としての立場から、かなり率直に表現してる。私は表参道の「クレヨン・ハウス」で見つけて即購入してしまった。中に収められているのプライベート・フォトも、2人のささやかな幸せを象徴しているようで笑顔を誘う。


こういう観点に共感できる日本人が1人でも増えてくれれば、日本はもっと住みやすくて素晴らしい国になるのに…って思う。そして私自身も色んな面で見落としがちなこと、例えば「掃除」や「ゴミ出し」ひとつにしても、それをどういう心掛けですれば日々の生活に潤いを与えられるか、などを気付かされた。まさに、自分の心構え次第で、パトリスさんの言うところの「生活はアート」なのかもしれない。例えばお手伝いさんを雇うことで掃除という作業から解放されることは、ある意味効率的だし、特に仕事や子育て等で多忙な人にとっては救われる部分が多いと思う。もちろん単に掃除が苦手な人がお金で労力を買うことだってあり、だと思う。シンガポールでは結構一般的にmaid/cleaning ladyを利用する家庭が多い。ただ、掃除をすることで得る様々な充実感(もちろん疲労感も)や、その作業から気付く/学ぶことって数えきれないほどある気がする。そして何よりも、自分で掃除した部屋は気持ちが良い。自然と住空間に敏感になるし、そこに愛情も感じるようになる。こんなことを書いたら、独身時代、実家では数えるほどしか掃除をしなかった私を、母は皮肉るかもしれないな~。しかも今だって「ゴミ出し」はかなりいい加減で済まされている。でも、今が気付いたときなので、今からが大切!だと勝手に思うことにする。


あと、ばななさんの「変なことには変だ!と言おう。」という意識にも考えさせられた。私を含め、日本人は「変なのでは?」と思っても、大概は状況に流されたり、体裁上気にしないふりや見ないふり、が多いと思う。「変なこと」に多く遭遇するのは、かなりストレスでもあるので、私は比較的自分がストレスを感じるだろうなと思われる作業やイベントには構えてしまうし、出来るだけ控えたりする傾向がある。誰でも嫌な環境に自分を置く状況はストレスだと思うけど、私は「どうしてそれが?」ということにも気が滅入ったりしてしまうことがある。人間関係を含めて。例えば交友関係的に浅くて広い、楽しい状況でも、自分の中で納得できない「変なこと」をばんばん発見してしまうのだ。それが面白いこと、で済まされる場合は良いけど、どんどんどんどん不愉快な世界に入っていく場合もある。もうそうなると、えらい疲れる。そして回復するまでに数日要したりする。昔から顔見知り程度の人達の集まりって、サークルにしろゼミにしろ苦手だった。ハイな感じもローな感じも、どちらも居心地が悪かったし、だからと言って自分の好きなように過ごしてると、「自分勝手/自己中心的」のレッテルを貼られてしまう。なので、大学時代はよく留学生とつるむようになり、その自由な雰囲気の中に自分の居場所を感じた。もともと留学生は、大学でもどちらかと言えばアウトサイダーなので、その頃はあまり言葉が通じなくても、何となくいつも転校生だった私の感覚としっくりとくる。彼らのパーティーも、皆が一斉に何かをしなくちゃならない、というものは一切無く、各個人が自由に飲んだり踊ったり話し込んだり眠り込んだり音楽を聴いたりTVを見たりゲームをしたり、などなどぐっちゃぐちゃな感じで、それがとても普通に感じた。「変なこと」だとはちっとも思わなかった。逆に、オールラウンド系のサークルの旅行に参加した時には、新入生がお弁当を作ってくること~、とか。先輩のご飯茶碗が空になりそうになったら、すかさずおかわりを訊くこと~、とか。先輩からお酌を受ける時は、自分の名前と学科を述べて、「よろしくお願いします!」ということ~、とか。すべてが「はあ~!?」という具合。みんな普通にそれをやっていたし、私も鳥肌を立てながらやってみたけど、本当に「変」なことだらけで、正直びっくり仰天した。今思うと、まさにプレ会社社会の仕組みだな、と思うが。


基本的にばななさんは、日常生活上、サービスを受ける立場としての「変なこと」に対して、猛烈に怒ったりしている。お店やレストランでの「変」なサービス。彼女自身、長年カフェでウェイトレスとして働いてきたこともあって、その辺の評価には厳しいらしい。でも、愛を持って怒っているので、それはすごく日本社会のためになるなあ、と思う。すごくややこしい敬語のような造語(?)を含めて、日本の常識も危機に瀕しているかのように映るけど、でもその中で、可愛くて素敵な人達も確かに存在している。そういう人達が環境問題や本物の美感に目覚めて、独特であり得ないような素晴らしい作品を作り上げたりしている。本、雑誌、カフェ/レストラン、ブティック、花屋、そしてギャラリーや癒しのサロンなどなど。そう、まさしく彼らの作品!形だけではなく、心から自分の作品に愛情を持って取り扱っているところが本物。そこから受け取るエネルギーってものすごい幸せなものだし、今後もそういう空間がどんどん増えれば幸せ指数が向上するのでは、と希望が持てる。日本のあらゆる「変」を浄化していって欲しい。真摯な願い。


LOZと生活するようになって、彼の常識からして「変なこと」にははっきりと「それ、変!」と言うことの大切さと、その難しさを目の当たりにした。彼はあまり人に合わせる、ということをしないし、でもそれなりに社交性もあるので友達も多い。特に仕事関係では物理的な利害も生じるので、自分のポリシーを明確にしつつも、「変」だと思うことには真っ向にぶつかっていく。その際ユーモアのセンスも忘れずにいるので、その点は偉い。けど、その姿勢って、時には敵を作って大変だった。でも最終的には自分自身に嘘をついていない分、解放されているようにも見えた。彼にとって私はidentityが強い人のように見えるらしいが、そうかなあ。いつもぐずぐずして優柔不断だし、「変なこと」にきりっと立ち向かえないし、苦手なことは後回しだし...はいつまでたっても変わらないな、はい。そして自分の譲れない部分の線引きだけはきっちりしよう、と思うけど、感情的に不安定な時は、その辺も曖昧になる。で、後でがっくし後悔して、落ち込んだりもする。結局、まだまだ人間ができていないのです。


ということで、かなり脱線して色々と書いてしまった。とにかく、この本をきっかけに自分の生活意識を確認したり、友達やパートナーと話し合うことがどっさり生まれると思うよ!



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